菅家さんを支える会・栃木とは 

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   1992年12月、宇都宮地裁での足利事件第6回公判の様子が、地元下野新聞に掲載されていたのを見て、衝撃が走りました。 「やっていません。涙ながらに」 確かこんなタイトルだったと思います。

 この日、初めて菅家さんは法廷で犯行を否認しました。なんだか本で読んだ冤罪事件の公判の様子に似ていました。もしかしたら冤罪かもしれない。そんな予感がしました。そして1ヵ月後の第7回公判で、彼はまた犯行を認めてしまいます。「私がやりました。申し訳ありませんでした。」という上申書を裁判所に提出して・・・・。

  なんだか変だ。裁判なんかほとんど無縁で暮らしている私たちの多くは、上申書なんてものの存在を知らない。彼が自分で思いつくはずがない。誰が書かせたのだろう? いったい上申書ってなんだろう? もしも彼が無実なら、仕方なくこんな文書を書かされる気持ちはどんなだろう。なぜそんなにも屈折した状態でいなければならないのだろう?

  その疑問がそもそもの始まりでした。友人に教えられ、東京の救援連絡センターという所に、その疑問をぶつけました。電話に出た女性に『自分で手紙を書いて直接彼に聞いてみたら?」とあっさりと言われました。そして文通と面会が始まりました。

 初めての面会で、やはり彼は無実だという気がしました。やがてこの事件に疑問を持った東京の人たちと共に現地調査し、それは確信に変わりました。

 不登校の子供を持つ親の会で知り合った地元の主婦が二人。「菅家さんの問題は、自分の子供たちにかかわる問題!」と、記者会見して広く市民に呼びかけ、『菅家さんを支える会・栃木』は発足しました。1994年4月のことでした。直後に『菅家さんを支える会・東京』が、やがて『同・滋賀』が発足しました。

 以来何度もの学習会と現地調査を行って来ました。会員も少しずつ増え、200年7月の最高裁決定が出るまでずっと、様々な人が菅家さんへの文通、面会、差し入れ、そして裁判傍聴、署名活動、学習活動、広報活動などに参加して来ました。色々な団体や個人の方たちの支援、協力を受けて今日までの7年間、やって来ることができました。何よりも菅家さん本人から、たくさんのことを学びました。

 今までのんびりと亀のように進んできましたが、今後は大変になるかもしれません。でも初心忘れるべからず。もう会えなくなってしまった菅家さんを心に置きながら、多くの方たちと力を合わせ、菅家さん、新たに発足する再審弁護団を支え、再審を目指して頑張りたいと思います。どうぞお力添え下さい。

 

会費:年間 2000円 

通信購読料のみの方は 年間 1000円  カンパ大歓迎です。 

 郵便振替 00330−7-120『菅家さんを支える会・栃木』

〒326-0843  足利市五十部町785-7  西巻方

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