いよいよ4月末日をめどに、双方鑑定人、  

DNA鑑定結果を裁判所に提出予定

2009年1月末 DNA再鑑定作業を実質的に開始

5月16日()〜17日()  弁護団、現地調査を予定!  

年1月末、DNA再鑑定に必要な作業が、実質的に開始され、4月末までに、鑑定結果が東京高裁に提出される見込みとなりました。  

 昨年12月24日、東京高裁がDNA再鑑定を正式決定し、弁護側検察側それぞれの推薦する各1名、計2名の鑑定人(氏名は裁判所の意向に従い非公開)が、「保管中の半袖下着に付着する遺留精液」、「菅家さんの身体から採取するDNA型判定に適する試料」の両方を用いて、二つの試料が同一人に由来するか否かを判定することを言い渡されました。鑑定方法の指定はありませんでした。

 そしてその約1ヶ月後、

 1月23日、弁護側、検察側双方の鑑定人が半袖下着の保管されている 下野市 の自治医科大学を訪れ、まず双方の鑑定人が良心に従って鑑定する旨を宣誓した後、裁判官、検察官、弁護人が見守る中、半袖下着をはさみで二つに切りわけ、鑑定資料としてそれぞれに持ち帰りました。続いて

 1月29日、裁判官、検察官、弁護人と、鑑定人の一人が千葉刑務所を訪れ、菅家さんの血液と口腔粘膜を採取、それぞれ二つに分け各鑑定人に分配されました。また裁判官により、鑑定結果を裁判所に提出する一応のめどを、4月末日とすることが示され、弁護側、検察側双方が同意しました。  

 こうして配分された二つの鑑定資料(@半袖下着 A菅家さんから採取した血液と口腔粘膜)は、双方の鑑定人がそれぞれの方法でDNAを抽出し、二つのDNAが同一人のものかどうかが比較鑑定されます。

                         

1月23日と29日にはそれぞれ東京地方裁判所の建物の中にある司法記者室で弁護団による記者会見が行われました。報告にあたった佐藤博史弁護人のお話を要約します(敬語は省略)

1月23日

 この日午後2時から、自治医科大学に田中康郎裁判長はじめ三人の裁判官、高等検察庁からは牧島聡検察官、弁護人からは佐藤、笹森、渋川弁護士の三人が集まり、まず二人の鑑定人に対する尋問が行われました。

 証人尋問は、まず二人の鑑定人が、良心に従い誠実に鑑定する旨の宣誓を行い、その後、裁判官から鑑定方法についていくつか質問がなされ確認されたものが読み上げられました。

 その後、被害者の半袖下着が二つに分けられました。自治医科大学でマイナス80度Cで保存されていた半袖下着は、私たちが見た時はすでに解凍されており、鑑定人の一人がはさみを入れ、二つに切り分け、その後二人の鑑定人がそれぞれ持ち戻って鑑定に着手することになりました。

 またこの日、もう一方の鑑定資料である申立人菅家利和氏の身体から採取するDNA鑑定試料について、その採取日時と段取りが決まりました。

 また裁判所からは、本年の4月30日までに書面で鑑定の結果を提出することが打診され、両鑑定人が一応のめどとして了承したので、確定的な日取りではありませんが、4月末頃には鑑定結果が裁判所に提出される見通しとなります

 

1月29日

 本日、午後1時30分から千葉刑務所で、受命裁判官である杉本裁判官、牧島聡検察官と弁護人3人の立会いのもと、医師でもある二人の鑑定人中一人の鑑定人が、申立人菅家利和受刑者の体から鑑定試料を採取しました。

 まず杉本裁判官が菅家受刑者にこの日の手続きの趣旨を説明し、その後先ほどの鑑定人によって、血液(注射器で4ccづつ2本の試験管に採取)が、続いて口腔粘膜が採取されました。採取した試料はその場で二つにわけられ、各鑑定人に分配される手配がなされました。

 最初に裁判官が「菅家さん、私があなたに対する再審の担当裁判官です。これから今日の手続きを説明します」いうふうに話されたのですが、特筆すべきことは、菅家受刑者に裁判官が会うのは1996年5月9日の東京高裁での控訴棄却判決以来初めてのことで(最高裁判所上告棄却決定、および宇都宮地裁再審棄却決定の際は本人へは決定書の郵送のみ)、宇都宮地裁での再審請求審では我々は請求人本人の尋問を求めたのですが、担当裁判官は求めに応じず、そういう機会はまったくありませんでしたので、約12年半ぶりのことでした。

 手続き終了後、別れ際に、その場が堅苦しい雰囲気ではなかったので、私の方から菅家さんに、「4月末頃には鑑定結果が出されるからもう少し待ってください」と伝えました。

菅家さんは今、期待に胸ふくらませ、明るい結果が出ることを日々待ち望んでいます。

 また弁護側鑑定人(氏名は裁判所の意向により未公表)は、汚れた古い鑑定資料からDNAを採取することを長年研究されてきた方で、この分野で右に出る者がないと称される非常に優れた法医学者で、今回の鑑定にも自信を持っておられるとのことです。

 しかし、いかんせん鑑定資料である半袖下着がきちんとマイナス80℃で保管されたのはほんの約4年半前のこと。それ以前の約14年半の間はビニール袋に入れたまま警察署や裁判所の保管場所に放置されており、保存状態は劣悪で、果たしてDNAが採取できるかどうか不安はありますが、鑑定結果が裁判所に出揃う4月末〜5月初旬を待つしかなさそうです。