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ショパン没後150年を記念して制作された秘蔵音源、遂にリリース ショパン:前奏曲集 全26曲 24の前奏曲 作品28 48:45 前奏曲(第25番) 嬰ハ短調 作品45 6:49前奏曲(第26番) 変イ長調(遺作) 0:57 録音 :1999年9月28日〜29日、 身延町総合文化会館 PRGT−7001 税抜価格\2,000 20−Bit デジタル録音 (P)&(C)2002 Purgatorio Records
「21世紀最高の女性ピアニスト」との呼び声も高いイリーナ・メジューエワによる、初のオールショパンCD。作者没後150年の記念に制作された音源が遂にリリースされます。メジューエワは同年7月にムジカーサ(東京、代々木)にてオールショパン・プログラムによる演奏会を開いていますが、これはその約2ヶ月後の録音。ゆったりとしたテンポでの堂々たる歩みの中に、細やかなニュアンスが見事に再現されています。 「・・・ショパンの前奏曲を良よく知っている人は、この演奏を少し聞いただけで、ただならぬテンポの遅さに気づくはずだ。事実、楽譜にして71小節の「前奏曲 作品28の19」などは、同女性ピアニストのマルタ・アルゲリッチが1分03秒で駆け抜けているのに対し、メジューエワはその約2倍以上の2分21秒もかけて演奏しているのだから、聞こえてくる印象はまるで異なる。しかし、その遅めのテンポ設定の中で彼女は、ショパンが研ぎ澄まされた感覚でギリギリまで刈り込んだ。それゆえに大切な一音一音に対して敏感に反応し、その表情をすべて音にし尽くそうとしている。このテンポでしか演奏できないという確信と必然性を感じさせる演奏なのだ。 そしてもっとも重要なのは、メジューエワは、ショパンが敢えて音にしなかったことによって表現したかったもの、つまり「沈黙」に対して最大限の注意を払っていることだ。他のピアニストの演奏では、計測できる時間的な「休符」にしか処理されていないところに、メジューエワは普通じゃないテンションで意味をこめる。一例として、「作品28の2」を挙げよう。曲が終わる前(19小節目)に2拍の「沈黙」が訪れるのだが、その前の音の断ち切り方が一種独特で、その後わずかな空白に強い情念が凝縮されているようにおもえるのだ。実際これを初めて聴いた時、筆者は時間が凍りついたような感覚に陥り、金縛り状態になってしまったことを告白しておこう。 その他、ただ楽譜に書かれていることを弾くだけではツマラナイ演奏にしかならない点でピアニストの資質が暴露してしまう前奏曲作品45を、完全にこなれた表現で演奏しているなど、聴きどころを挙げればキリがない。総じてこのディスクからは、これまでのメジューエワの録音とは明らかに質の異なる何か切羽詰ったもの、「私がこれをしなければ、いったい誰がやるの」という使命感のようなものを強く感じることができる。芸術家は、その時々で自分の考えた限界を発露し続けることによってしか、成長する事のできない生き物である。その意味で彼女は、今、これまで誰も踏み入れる事のなかった道を、独り歩こうとしているといえるのではないか。厳しいが、同時に甘美な世界である。今年、日本デビュー5周年を迎えたメジューエワだが、おそらくこれから5年先、10年先に、さらに深い芸境を聴かせてくれるのではないか、そう期待せずにはいられないディスクの登場だ。
「イリーナ・メジューエワから目を離してはならない。・ ・ ・ 」 ( 長野隆人/ライナーノートより )
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