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すし屋の雑学 江戸前寿司の魅力と歴史
江戸前寿司の魅力と歴史・すし調理の知識と雑学を紹介しています。

呼び名すしダネの歴史特徴種類漁獲法→切り方と名称→値段→将来性
まぐろ辞典(すしダネの歴史)

料理魚、すしダネとしての歴史

 あまり好まれなかったシビ

 日本の食物史上にはじめてマグロが登場してくるのは前記の「和名抄」のようである。

 しかし、どうもその当時から「しびのうお」は食べる魚としては 

 あまり歓迎されてはいなかったらしい。   

 シビという名が「死日」に通じ、不吉とされたこともあったらしいが、 

 その味も好まれなかったようだ。 

 地下の者も食べないし、侍衆は目もくれないという有様で、

 

 よほど卑しい身分の者だけが食べたらしい。  

 シビは味がまずい、というのが永いこと日本人の通念だったのである。

   

 江戸時代に入って、

 ようやくマグロは一般庶民の食べる魚として定着しはじめたようである。

   

 しかし、あくまでもマグロは下卑の魚とされていて、
   京都や大阪ではつくり身にはもっぱらタイを用いていた。
    
   中流階級以上はマグロを食べなかったし、
   もちろん饗応に用いられるようなことはなかった。
  
   江戸では、大礼の時にはタイが用いられ、平日にはマグロがつくり身とされた。
   
   なお、さし身を食べるのに、タイやヒラメには辛味噌、あるいは山葵しょう油が用いられ、
    マグロやカツオには大根おろしのしょう油が用いられていた。
  
   もちろん、マグロは赤身の部分だけが食べられ、トロは捨ててかえりみられなかった。    


すしダネとしての登場

   (1810年)の冬に、    

 「魚漁ある事夥し。総豆相の三州にて一日一万本を獲るといへり」  

 とマグロの大漁の記録がある。   

 それだけ漁があれば、おそらく江戸の街はマグロであふれたことだろう。

   

 庶民はこぞって安いマグロを食べたに違いない。

   

 文化七年といえば江戸にようやく「にぎりずし」が出現しようとしていた時である。

   

 るいは庶民の食べものとして

   

 この安いマグロのさし身をすしのシャリにのっけた創案者があったかもしれない。

   

 一説によると、マグロが江戸前ずしに登場したのは、

   

 今から百五、六十年前の天保年間とされている。

   

 この説によると、マグロがやはりとれすぎて江戸市中にだぶちき、
    ひじょうな安値となった年に、日本橋・馬喰町の「恵比寿ずし」という屋台店が、
    ためしにマグロをにぎってみたのが始まりになっている。
  
   これが意外にもうまくて、江戸っ子の人気をさらい、
   扱いとしては下魚であっても、明治の頃にはもう
    「マグロがなくては商売ができない」とまでいわれるほど、
    重要なすしダネとなったのである。


 

赤身とトロ

 こうして登場したマグロではあったが、当初から明治半ばに至るまでの調理法は、
    一貫にして、しょう油に漬ける
   
   「ヅケ」調理法であり、
    それには脂肪の少ない赤身の部分がもっぱらといってよいほど使われた。
  
   今日とは逆に、トロはもっとも価値のない部分だったわけで、
    高級店は背の身のほうから選び、
    万一、腹の身しかないときには、
    脂肪の多い部分を切って魚河岸に引きとってもらったものである。
  
   安いトロは、屋台店でしか使われなかった。

 また、明治・大正のころまではすし店は出前が主であったため、
    マグロでも時間がたっても色の変らなぬ
    キワダやマカジキのほうが珍重されがちであった。

 現在のように、脂肪の多い部分が好まれ、
    クロマグロが高級品に変わるには、関東大震災以後であり、
    トロに人気が出てきたのは、安い屋台店の客の間からといわれている。

 屋台が盛んになった昭和五、六年ころから、トロが好まれだしたようである。

 脂身をトロと呼ぶのは、口に入れるとトロッとしているところから出た言葉であろうし、
    大正期ごろまでは、脂身をアブといっていた。

 しかし、今日のようにマグロといえば「トロ」というほどの愛好は、
    なんといっても第二次大戦後、昭和三十年も半ばを過ぎてからのことである。

   いまでは高価すぎて敬遠されがちであるが、
   それでもお好みのカウンターでは人気の第一位を占める。


   これほどまでに人気を得た理由は明らかに日本人の嗜好の変化によるものであって、
    あっさりした味よりも
    こってりとした味を好む戦後の一般的傾向のなによりの表れというべきである。

   こうして永いこと下魚とされてきたマグロは、急変して上魚となり、
    もっとも下卑た魚肉であったトロが、いまや庶民の手のとどかぬ超高級品となった。

   こうした例は他にもあって、たとえばウナギのかば焼き、
    霜ふりの牛肉などを日本人の大部分が本当にうまい
    と思うようになったのは、歴史的にみればごく最近のことである。

   こうした変化は、ひと世代だけでなく、
    いく世代かにわたって熱心な学習が積み重ねられて実現する。  

   本来が淡白な味を好んだ日本人が、
    こうして濃厚な脂身の味を高く評価するようになった。

   つまり、嗜好の変化であり、
   大多数の人々の嗜好の変化が食品の価値をまったく変えてしまうのだ。
    
   マグロは、そのもっとも顕薯な例である。