10 05月22日

一文字一文字、かみしめて読む・・・

 少年と父親は警察の帰りでした。少年は今日、バイクを盗み、乗り回している
ところを補導されたのでした。今までに何度も少年は補導されていました。その
度、少年の父親は警察に息子をひきとりに行っていました。
 ケンカをして相手にけがを負わせてしまった時は、父親が被害者の家をまわり、
頭を下げました。「もうしない、真面目になる」と少年が父親に誓ったことは何度
もありました。少年がそう誓う度、父親は「わかった。信じよう」とだけ言い、うな
づくのでした。そんなことが繰り返されてきたのです。
 今日も少年は「もうしない、真面目になる」と言いました。ところが父親は黙っ
ています。「父さんごめんよ。もうしないってば」父親は黙りっぱなしです。家につ
いても父は「もうしない」を繰り返す息子を前に黙っています。
 いつもとは様子の違う父親に、少年は不安になってきました。父ひとり子ひと
りの家庭でした。何十回目かの「ごめんよ。もうしない」の時、突然父親は立ち
上がりました。父親は何を思ったか、道具箱から金づちと釘を持ち出してきまし
た。驚き、ぼう然とする息子の前で、父親は壁に釘を打ち始めました。一本の釘
がすっかり壁に打ち込まれました。
 そして父親は少年と向き合い、こう言いました。
 「お前が他人様に迷惑をかけたり、人として恥ずかしいことをした時、俺はこの
壁に一本ずつ釘を打つ」
 それだけです。
 少年は二・三日はしゅんとしていましたが、また万引き・窃盗・ケンカと繰り返し
始めました。父親は「もうしない」という息子にはなにも答えず、釘を打ち続けま
した。少年はもう謝ることさえしなくなりました。
 少年は一週間家をあけ、非行仲間の家を泊まり歩いていました。一週間ぶりに
家に帰った少年は、思わず鳥肌が立つぐらいゾッとしたのです。
 部屋の扉を開けた途端、少年の目に入ってきたのは、釘の頭でびっしりとうま
り、真っ黒になってしまった壁でした。
 そばに寄るのもはばかれるほどです。打つ場所がないくらいです。すき間もなく
打ってあるため、所々壁が崩れています。
 その夜、少年は父親に、生まれて初めて心から誓いを立てました。
 「どんな気持ちで釘を打っていたのだろう」それを思うと、涙がこぼれそうになり
ました。しかし少年は泣きませんでした。泣いてしまうと、せっかくの覚悟がうす
れてしまいそうでしたから。少年の誓いは「もうしません」この一言だけでした。
 父親は、やはり黙ったままでしたが、くぎ抜きで一本だけ釘を抜き、息子に渡
しました。
 二年近くがたちました。少年は卒業をひかえていました。少年が髪型を直せば
一本、制服を整えれば一本、机に向かうようになると一本―――――――――
―――――父親は釘を抜きました。
 非行仲間を抜け出ようと、少年はリンチにあいました。歯向かうことをせずせず、
殴られっぱなしでした。ボロボロになって帰ってきた少年から、事情を聞いた父親
は、一本だけ釘を抜きました。そうやって一本一本、釘は抜かれていきました。卒
業式の前日、残る釘は一本になりました。そこまで二年かかりました。
 卒業式から帰った息子に、父親は釘抜きを渡すと、「お前がやれ」と言いました。
息子が最後の一本を抜いた時、壁土がポロポロこぼれました。
 釘を抜き終わった壁を二人で見つめました。壁土はボロボロになり、釘を抜いた
跡がむごたらしく無残に残っています。壁に向いたまま、父親は言いました。
 「よくやった。お前はお前の人生を挽回した。お前の覚悟は本物だった。ただ、こ
の壁のようにお前は人の心を傷つけ、自分の人生を傷つけた。それを忘れるな。
お前が傷つけたものは、この壁のように人の心に残っているのだ。そして人生は
挽回だ。偉いぞ―――――――――卒業おめでとう」
 少年の隣で、父親は確かに泣いていました。少年は、最後の釘を握りしめたま
ま、壁を見続けていました。 

 この話を読んで率直に感じたことを、ノート1ページに書いて26日に提出してく
ださい。次なるテーマも非常に重要なのです。この話の主題を読み取ってみてく
ださい。

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