125 11月21日

こういうワケだな。 

 よく、「なんで先生になったのですか」 と聞かれることがあります。なんででしょ・・・、なんて軽く流さずに、照れくさいのですが、ちょいとお話ししてみます。
 ここ最近の 「Posi」 に書いているように、私が職業として目指していたのはミュージシャンでした。もちろん音楽が好きだったという理由がありますが、もうひとつ大事な理由がありました。ライブでもレコード(古!)でも、音楽というものは聴いているヒトに感動や元気や何かを与えてくれるものです。いつも与えてもらっていた私は、それを与えていける立場になれたら素敵だろうな、と思ったのです。
 「ミュージシャンになって日本武道館でライブをやるんだ」、なんてことを、彼女との交換日記(らしくなくて悪かったな)にイラスト付きで書いたような記憶が・・・。けれども、もしミュージシャンになれなかったら、教師になりたいかな、とぼんやり考えていました。教師という仕事もミュージシャン同様に、ヒトに何かを与えられるのではないかな、と思ったのです。ですから、大学に進学したら教職課程も取っておこうと思いました。
 大学に入り、教職課程を専攻した頃、卒業した中学校でちょっとした手伝いを始めました。夜間警備、自然教室の補助員です。機械警備などほとんど普及していない時期ですから、毎日夕方になると、警備を担当する職員が来ていました。その人の都合が悪い時に、代わりに泊り込んで見回りをする夜間警備の手伝いと、毎年行われる2泊3日の1年生の自然教室に同行して、先生方の補助をしながら生徒の世話をするといった具合です。
 生徒側ではなく教師側に近い立場で、教師という仕事と触れ合っていきました。「ああ、こんな仕事で夏休みもあるなんて、なんて魅力的な仕事なのだろう・・・」 と、手伝いをしていく中で感じていきました。その中学校での教育実習中は、気の知れた先生方(もちろん恩師も含む)と、毎日のように呑んでいましたし、臨時で警備の仕事もやりました。研究授業はひとつのショーみたいな感じで、生徒も私も笑ってばかりでした。「何か与えてやろう」 という思いはどこへやら・・・、そんな中で、「教師って仕事は、思った以上にらくちんかも」 と、思っちゃったのです。浪人中から始めた塾講師のアルバイトも楽しかったので、ミュージシャンになれなかったら教師になろう、という思いは更に固まっていきました。あ、勘違いをされては困ります。その中学校が目茶苦茶だったわけではありません。あまりにも居心地が良く、私の肌に合っていたのです。生徒と教師の関係だって最高でした。母校だしね。
 結局、大学卒業後にミュージシャンを断念した私は、「教師なんてテキトウに生徒と遊んでいればなんとかなるだろう」 という軽い気持ちで、埼玉県の中学校で仕事を始めることになりました。と・こ・ろ・が・・・、そこで出会った先輩がいけませんでした。たまたま同じ大学で、酒好き女好きだったということも関係していますが、学校でも居酒屋でも、ことあるごとに教師という仕事の奥深さや魅力を、とことん教えてくれたのです。「あ、こりゃとんでもない仕事を選んでしまった・・・、軽い気持ちじゃ出来ない仕事だ・・・」 と思いました。
 と、いうわけで、諸君の前にいる私がいます。さて、どんなもんでしょう。テキトウで何も与えていない私ですが、実はこういったバックボーンがあったりします。
 先生の通知表をつけるという学校が増えてきました。ウチの学校もそのうちつけるのではないでしょうか。怖いなぁ。きっと、「呑んだくれでナニもしない」 なんて所見を書かれてしまうのだろうな・・・。
 ああ。
 ぢゃな。良い週末を。 


ママ、人間は一生ガンバランとあかんもんやで

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