138 12月11日

告白。 

 こんなこと話すのは初めてです。実は私はハーフなのです。気がついていたヒトもいたかもしれませんね。父が福島県、母が長野県出身ですから・・・。そんなハーフな私の 「田舎」 は福島県と長野県ということになるのでしょうか。ん?田舎ってーのは両親が住んでいる所を指すのだよな・・・。
 よく、「実家はどちらですか」 とか 「出身はどちらですか」 とか 「田舎はどちらですか」 と訊(き)かれることがあります。いちいち答えるのは結構面倒くさいので、ばばーっと書いちゃう。
 生まれたのは、東京都杉並区というところでした。しばらくしてから神奈川県横浜市に引越しをしました。高校2年生の時、駅の反対側にプチ引越しをしましたが、幼稚園から大学を出るまで過ごした街です。気がついたら父は離婚をし、兄は結婚をして家を出て行っていました。最終的には母親と2人で暮らしていたということです。ま、この学級通信 「Posi」 に出てくるネタ話は、ほぼこの時期の経験談ということです。
 その後、兄が住んでいる埼玉県浦和市(現さいたま市浦和区)に、母親と一緒に引っ越しました。そこで約2年間、中学校の教員をやったあと本校で勤務することが決まりました。結構急なことだったし、それなりに快適に暮らしていた浦和を離れたくなかったので、桐生まで通っていました。車で行くにしろ電車で行くにしろ、朝五時半に出れば余裕で間に合いましたから・・・。
 電車で帰る時は高崎周りでも小山周りでも大差なかったので、ホームに先に来た方面に乗って帰っていました。当時の私にとって、長距離通勤=プチ旅行でした。ですから当然のように駅の売店で○“ー○とつまみを買って、いい気分になりながら列車に揺られていましたっけ。朝はそんなコトしませんけどね。
 そんな中、どうしても帰れない時や面倒な時に泊まっていく場所が欲しいと思ったので、足利に家賃25000円の部屋を借りました。自宅(母親も一緒だから実質は実家だな)は浦和、仮住まいが足利といった具合です。ところが、仮住まいにするつもりだったその部屋が、なかなかに住みやすい環境だったので、次第に浦和に帰らなくなっていきました。母ひとり浦和で暮らし、私は足利で暮らしていました。
 結婚することになった妻も了解してくれたので、母も一緒に住むことになりました。2部屋しかない家ではイロイロと都合が悪いので、同じ足利市内にある今の家に住むことにしました。足利の部屋からはプチ引越し、浦和の家からはフツーに引越しをしたのです。そして3人での新婚生活が始まりました・・・・・・んが、その後もイロイロとありまして・・・・・・、現在は母と私の2人で暮らしています。
 てーことで、ハーフな私は出身は東京で育ちは横浜で数年前は住まいは足利で実家は浦和で今は実家もナニもみーんな足利というわけです。←あえて句読点抜きで書いてみた。
 と、いうことで、母と一緒に住んでいる私の田舎は足利ということになるのでしょうか。
 なんだか腑(ふ)に落ちません。「田舎」 を広辞苑で調べてみました。「郷里・故郷」 とあります。「郷里・故郷」 を調べてみました。「生まれ育った土地・ふるさと」 とあります。「ふるさと」 を調べてみました。「かつて住んだことのある土地・なじみ深い土地」 とありました。 恥ずかしながら、田舎という言葉を初めて調べた国語教師な私です。あぁ・・・。
 てーことは・・・、私の田舎は横浜ということになるのでしょうか。
 ちょっとカッコいいじゃん。でもなんだかこれも腑に落ちません。
 ま、いっか。 


そこであきらめたら、普通の人じゃん

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