50 01月31日

人間としてあたりまえのこと

    ボランティアについて、学校の授業とかでしか考えたことがないの
   ではないか?と最初に思いました。自分自身でボランティアをしたと
   いったら、募金をしたくらいのことしかない気がしました。
    「助け合い」という言葉がありますよね。一見さらっと流してしまう言
   葉だけど、よくよく考えてみると、助け合うってことをしないとなんにも
   ならないんだなーって思いました。
    阪神大震災の時もそうですよね。「助けてあげたい」と思った人達が
   集まったからこそ助けられた人が沢山いるわけだし、自分がもしそこの
   被害者だったら、どんなに支えになるだろうと思いました。自分だってい
   つどんな災害に遭うかわからないわけだし・・・そう思うとこれからの自
   分のためにも、今苦しんでいる人達を助けるボランティアをすることって
   大切なんだなあと思った。
    なるべくなら、ごみひろいとかじゃなくて、人の役に立つボランティア(
   ごみを拾うことも役に立つことだけど、そんなの自分自身しっかりと見に
   つけていれば、ごみ箱以外の所に捨てないわけだし)自分の国だけじゃ
   なくて、他の国にも目を向けたりするべきだなあと実感した。

    ボランティアとは・・・無料奉仕。
    しかしこれは、年齢を問わす同じ立場で働くことができ、色々な世代の
   人達とも交流を深めることができます。
    「同じ人間が助けを求めているのなら助ける」「人間が汚した環境を人
   間の手できれいに戻す」のはあたりまえのことで、人間にしかできない
   ことです。それは小さなことから始められます。
    今できることから少しづつ始めたいと思います。

    ボランティアって何?
    よくわからないけれども、人の力になってあげることだよね。
    ボランティアってすごくいいことだと思う!
    でも、本当は当たり前のことのようにも思える。
    うーん。以上。

    ボランティアって言葉はなんでできたんだろう。ごみ拾いをしたり人を助
   けたりということはごくあたり前のことなのに、ボランティアともいう。
    店内でごみを拾えばあたり前なのに、店を出てごみを拾えばボランティ
   アという。不思議なことだ。
    人を助けるというのも、人が人を助け合うというあたり前のことなのにボ
   ランティア。何をするにもボランティア。
    災害の時に助けに行く人、食料を寄付する人、色々な人がいるけれど
   も、その人達はボランティアなんて気にしていないで、本当に助けてあげ
   たいという人達なのだと思う。
    今の世の中、ボランティアという言葉がなくては動くことができないのか。

 何回かにわたり、ボランティアということについて諸君達の意見を紹介させてもら
いました。さまざまな意見があり、読んでいる私自身でさえ「ほほー」なんて関心し
てしまうこともたくさんありました。
 さて、ボランティアです。いったいなんなのでしょう、ということになると、今回載せ
たヒト達の意見を一応の結論にしたいと思うのです。
 つきつめていけば、まだまだキリがないと思います。けれども一応の節目は必要
です。そんなこともあるものですから。
 ボランティアということで行われる内容というのは、我々人間があたり前のこととし
てやるべきことで、枠でくくることもないのではないか、ということです。まだまだまと
めておきたいことが沢山あるのですが、今日はこれから寒い寒い裏門に立たなけれ
ばならないので、これにて終了。
 では。

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