184 03月02日

決戦1日目。 

 今日から学年末試験開始です。んが、残念ながら、昨日の終礼で赤点予防は万全にしてください、下校補導で注意を受けるようなことをしないでください、とあれほど言ったのに、下校途中に注意を受けてしまったヒトが諸君の中にいます。連帯責任で皆に反省文でも書いてもらいましょうかなモードな私です・・・。
 前置きはこれくらいにしておきます。さて、今日からは更に緊張感を持って諸君に赤点予防に専念してもらいたいので、試験中の 「Positive」 は、基本的に軽めのオハナシで攻めていこうと思います。と、いうワケで例の生き物バンザイハウスのオハナシ。
 浦和にも部屋を借りていたので、足利の部屋は本当に仮住まいみたいなものからスタートしました。もちろん同時に二軒分の家財道具を持つほどの財力もないので、家具類はポチポチと集めていくことにしました。最初に持ち込んだモノは、小さなラジオと寝袋でした。数日間は冷たいタイルの上で、ラジオを聞きながら寝袋ひとつで過ごしていました。家の中なのに気分はアウトドア、なんだか変な気持ちでした。
 テレビはたまたま隣町の太田市に住んでいる高校時代の友人に、ベッドは十年以上前に亡くなった祖母が使用していたものを、本棚類は家具屋を営む大学の先輩宅の倉庫に余っていたものを・・・、といった具合に、なるべくお金をかけずに家財道具を増やしていきました。気がつくと家らしくなっていましたが、電話と洗濯機と冷蔵庫がまだありません。
 緊急連絡先として、隣に建っている大家さんの家の電話を使わさせてもらっていました。時おり、「せんせぇ〜、お電話ですよぉ〜!」 と、玄関をどんどん叩かれては、「なんだかドラマのワンシーンみたいだなぁ〜」 なんて思っている私でした。それ以外は近くの公衆電話をマイ電話として使用していました。使おうと思って出かけた時、誰かが使っていると 「俺の電話を勝手に使うんじゃねーよ!」 なんて思っていましたっけ・・・。携帯電話なんてものが普及するずーっと前のオハナシです。だったら電話つなげればいいじゃないか、なんて言われそうですが、電話一本引くのには7〜8万かかったのです。そんなお金ありゃしませんって。
 どんなに連泊が続いても、週末は浦和の家に帰るようにしていたので、洗濯物はその時にまとめて持って帰って洗っていました。そうはいっても、私もお年頃の男のヒトでしたから、週末にはナニかと予定が入ります。帰れない週末は、本を読みながら近くのコインランドリーで過ごすことが多くなりました。
 冷蔵庫は必要な時だけ、コンビニで売っている氷を入れたクーラーボックスを代用品として使っていました。当時は焼酎というお酒を、水や氷を入れずにそのまま飲んでいました。いちいち氷とか買って帰るの面倒でしたから。
 冷蔵庫はないけれども、冷たいビールは毎日飲みたいなぁ、ということで、毎日通っていた酒屋さんでバイトをして知り合ったのが、モトの奥さんだったりしますが、今となっては過去のハナシです・・・。
 それはさておき、こういった生活の中で、電話もようやく取り付けることができました。洗濯機も、本校の剣道の先生からもらうことができました(実は今でも使っている)。冷蔵庫も、大学の後輩からもらうことができました。以来、ずーっと使っていたのですが、冷蔵庫だけは、数年前に突然動かなくなってしまいました。それからしばらくして、その冷蔵庫をくれた後輩自身も、病のためにこの世を去ってしまいました。単なる偶然かもしれませんが、なんだか不思議な感じがします。あ、なんだか湿っぽくなっちゃいましたね。
 ハナシをモトに戻します。なにはともあれ、こんな感じで足利での生活が本格的にスタートしていったのでした。
 試験1日目。戦え。
 ぢゃな。 


「あきらめが肝心」なんて言っていたら、欲しいものは手に入らないよ

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