145 12月13日
メッセージ。
ここ最近いじめに関した事件が多いことを危惧して、先月文部科学大臣から全国の児童・生徒に向けてメッセージが出されました。異例のことです。諸君は大丈夫だと思いますが、まずはそれを紹介します。タイトルは 「未来のある君たちへ」 です。
『弱いたちばの友達や同級生をいじめるのは、はずかしいこと。
仲間といっしょに友だちをいじめるのは、ひきょうなこと。
君たちもいじめられるたちばになることもあるんだよ。後になって、なぜあんなはずかしいことをしたのだろう、ばかだったなあと思うより、今、やっているいじめをすぐにやめよう。
いじめられていて苦しんでいる君は、けっして一人ぼっちじゃないんだよ。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、あばあちゃん、きょうだい、学校の先生、学校や近所の友達、だれにでもいいから、はずかしがらず、一人でくるしまず、いじめられていることを話すゆうきをもとう。話せば楽になるからね。きっとみんなが助けてくれる。』
平成18年11月17日
文部科学大臣 伊吹 文明
こういった流れを汲んで朝日新聞では、毎日各界で活躍している著名人からのメッセージが掲載されています。作家の平野啓一郎さんのメッセージを紹介します。
『いじめている人も、家庭の問題など自分でどうにもならないトラブルを抱えているのかもしれない。でも、人を傷つける形で解消しても、いずれきっと後悔することになると思う。人に嫌なことをすれば、本当は自分も必ず心のどこかで嫌な思いをしているはずだから。いつか必ずそういう自分を許せないと思う時がくる。自分自身を許せない、好きになれないということは、一番つらいことだ。
いじめで追いつめられて自殺する子も不幸だけど、追いつめた子も不幸になる。人生には取り返せることと、取り返せないことがある。後悔してもすまないことをしてしまった自分と一生つきあうのは苦しいことだ。友達は人生の中で変わっていくけれど、人生の中で一番長い間つきあっていくのは自分自身なのだから。
僕の子どものころもいじめの芽はあったが、度を超す前にブレーキをかける雰囲気がクラスにあった。正義を実現するとか、そういう立派な自分を目指すのは大変なこと。でも、いじめているのは 「イタい」 という感覚をクラスの中につくっていくことはだれでもできる。ふだんの会話の中で 「集団で一人に鬱憤ばらしをするのはやばいよね」 と語ってみよう。
自分がいついじめられるかわからない、いじめる側に立てばいじめられない、という思いもあるかもしれない。一人で孤立するのがこわければ、3、4人でいじめが嫌だという態度をとろう。クラス全員が友だちじゃなくても、5、6人いれば事足りる。ほかのクラスにも友だちをつくろう。それから異性の目も考えてみよう。彼氏がいじめっ子で喜ぶ女の子はいないはずです。』
諸君にいじめっ子はいないよな。
ぢゃな。
ええやんか、人とちごて。それがあんたがあんたやゆう証拠やで