197 03月15日

胴体着陸。 

 はい、木曜日です。昨日は向上日誌の欠席者欄に名前を書かれてしまいました。15時30分に教室に到着した時に数名の諸君が残っていましたね。あー、会えて良かった。
 さて、来年諸君が進学や就職をする時、読んでおいた方がいいぞ、というモノに新聞のコラム欄があります。その時その時のニュースや事件に触れてあったり、短い中にもわかりやすく文章がまとめられていたりするので、いろいろな面で役にたつモノなのです。今日は昨日の朝日新聞のコラム、「天声人語」 を紹介します。

『前輪の出ない飛行機が下りてきた。後輪が滑走路をつかみ、二輪で走る。やがて機首の下が滑走路に着いて火花が散ったが、幸い火災にはならず、全員が無事帰還した。
 大阪から高知に向かっていた全日空機が、胴体着陸した。危機への対処が、全体としてうまくいったのだろう。着陸後、機内では大きな拍手がわいたという。
 40年前、大阪発大分行きの全日空機で、右の後輪が出なくなった。大阪空港に引き返し、左の後輪と前輪で無事に胴体着陸した。この時の機長だった茂木敏夫さんが、当時のことを記している。前年は、羽田空港沖や松山沖などで4件もの墜落事故があった。悲惨な記憶が生々しいはずの乗客を念頭に、状況をよく説明したという。
 客室にも行き「機長を信じスチュワーデスの指示に従って下さい」と述べた。いよいよ着陸する時には、「何んとはなしにさっぱりした気分だった」(『片脚着陸』扁舟舎)。着陸後の茂木さんの様子を、副操縦士が書いている。乗客らの後に機を離れる時、茂木さんに促されて先に行って振り返ると、上着をおもむろに着て、クシで髪を整えながら悠然と歩いてきたという。
 今回も、乗員の冷静さもあって、機内は平静だったようだ。しかし、このカナダのボンバルディア社製の同型機にはトラブルが相次いでいたという。出ない脚を手動操作で出したことも2回あった。
 脚が出ない飛行機は、死と隣り合わせだ。いくら機長や乗員が踏ん張っても、大事故は必ず防ぎきれるものではない。見事な着陸は、悲痛な警告に見えた。』

 どうでしょう。つい先ごろ飛行機に乗った我々です。とてもヒトゴトとは思えませんよね。
 今日は短めで・・・。
 ぢゃな。  


あんたの代わりになってやれるんなら、なってやりたいわ

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