060 07月05日

名文。 

 さて木曜日、決戦開始です。少々日付は古いですが、試験中なので少しお堅い内容のコラムを紹介します。


 次の漢字に音読みのふりがなを付けよ。「欧」 「桜」 「押」 「横」 「翁」…。お茶の子さいさい、すべて「おう」 で満点さ――というのは現代かなづかい(新かな)の場合で、昔の人は大変だった。
歴史的かなづかい(旧かな)では、上から順に、「おう」 「あう」 「あふ」 「わう」 「をう」 となる。政府が告示によって旧かなを新かなに改めたのは終戦の翌年、1946年(昭和21年)の11月である
 旧かなを深く愛惜する人は新かなを使いたくない。なかには、新旧で表記が異なる言葉は用いず、新旧共通の表記となる言葉だけで文章を書く軽業師(かるわざし)のような達人もいた
「いる」(ゐる)も 「であろう」(であらう)も 「考える」(考へる)も使えない。不自由極まる制約のなかで1冊の本を書き上げた人に、日本文学史の研究者で筑波大の名誉教授、小西甚一さんがいる
 講談社学術文庫に収められた 「俳句の世界」 は、全編、流れるような筆の運びで、読む人に制約の窮屈(きゅうくつ)さを少しも感じさせない。中国文学者、高島俊男さんの評言を借りれば、「奇跡の名文」 である
 小西さんの訃報(ふほう)を聞く。享年91。「編集手帳」 は文字数の制約がきついものだから、どうも言葉足らずになってしまい…と、日ごろ言い訳ばかりの身である。碩学(せきがく=大学者)の名文を読み返しては、心ひそかに恥じ入る。
(2007年6月1日 読売新聞 「編集手帳」)


 やはり少しお堅く、そして難しかったでしょうか。
 このコラムを書いている方が手本にしているような、数々の名文を書いてきた人(小西甚一さん)が亡くなってしまいました。その小西さんの本を読み返しては、自分はまだ未熟者だな、と恥ずかしくなってしまう、ということです。
 諸君に日々紹介しているこのコラムだって名文なのですが、更にそれの上をいく名文って、いったいどんな名文なのでしょう。興味を惹かれますね。
 試験1日目。行け。
 ぢゃな。 


あなたに出会えた自分を誇りに思う

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