「童堂賛歌」を歩く小さな旅
「ザ・キャビンカンパニー 大絵本美術展 童堂賛歌」が開催されている足利市立美術館。階上は市営住宅という、全国でも珍しい施設です。
美術館前に設置された看板と美術館の建物全景。黄色が印象的な看板は、今回のポスター、フライヤー等をデザインされた祖父江慎さんによるものをアレンジしている。
まず、入館してみましょう。この受付階、実は2階です。初めて来館された方は、エレベーターなどの館内表示でしばしば迷われます。
入館するとロビー正面にはメインビジュアルによる350cm四方の特大バナーが、その左右には、序章を構成する《かんがえるこども》の2点が並びます。ちなみに、女の子を描いた左側の《かんがえるこども-Ⅲ》は、ザ・キャビンカンパニーも出品した2021年の「ブラチスラバ世界絵本原画展」開催時、お二人が来館して行われたライブ・ペインティングで制作されたものがもとになっています。
《かんがえるこども-Ⅲ》
ロビー正面から右側に行くと、チケットカウンターから最初の展示室1へと続き、左側に行くとミュージアムショップにいたります。
チケットカウンター前に設置された180×180×厚さ10cmの青いパネル《詩の箱「扉絵」》
上の画像右側の《詩の箱「扉絵」》は序章用のもので、一章から七章の各章に、それぞれの章を言い表した詩のことばを手書きで描いた同様の《詩の箱》が設置されています。
この展覧会は序章に続き、第一章「あたまのなかの冒険」(活動初期)、第二章「オボロ屋敷」(アニメーション)、第三章「アノコロの国」(立体造形)、第四章「ならばの脱皮」(コラボレーション)、第五章「玉虫色の窓」(絵本原画)、第六章「雲とモヌケ」(アトリエ再現)、第七章「童堂賛歌」(新作壁画)で構成されています。それぞれの章に付された詩のことばと展示作品を合わせて、絵本の見開きページにあたるものがつくられ、扉絵の序章と7つの見開ページによって、絵本を開いていくように、展覧会全体を歩いて体感することができる展示になっています。
まずは第一章「あたまのなかの冒険」を歩いてみましょう。このパートは、ザ・キャビンカンパニーが、2009年の大分大学在学中に結成されてから、2018年に出版されてブラチスラバ世界絵本原画展の日本選抜作品にもなったメモリアルな絵本、『ボンボとヤージュ』へとつながる道筋を追うものです。
ザ・キャビンカンパニーの二人(阿部健太朗さんと吉岡紗希さん)が2010年に初めて共同で制作した《大ウツボ戦闘記》
第一章の「詩の箱」。鮮やかな青に手書きの白色で詩のことばが描かれています。
5メートルにおよぶ巨大絵画《明ける海》と、その傍らに置かれた、「ボンボとヤージュ」のキャラクターを立体で表した作品。
活動最初期に制作された「ボンボとヤージュ」による手製本作品など
足利市立美術館では、第一章〜第四章〜第二章という変則的な順で会場が構成されています。一つは、密室にできる場所がチケットカウンター前の特別展示室にしか取れなかったことと、展示室1のウォールケース(ガラスケース)を使って第四章を構成したかったことによります。
第四章「ならばの脱皮」は、さまざまな他ジャンルのアーティストや企業、自治体などとともに制作を行った活動を紹介するパートで、ザ・キャビンカンパニーはこれらの活動を「コラボレーション」と位置づけています。ここではそうした10件の表現を紹介しています。
新国立劇場で行われた山田うんさんの構成によるダンス公演「オバケッタ」の舞台マケットなど(左)、あいみょん全国ツアー「傷と悪魔と恋をした!」パンフレット原画など(中央)、本展の協賛企業でもある株式会社明治とのコラボレーションで制作された絵本『ミライチョコレート』イメージ画(右)。下の画像は「オバケッタ」の舞台マケット。実際の造形物は10m以上にもおよぶ。
地元大分・九重町のことを描いた絵本『ココノエのこえ』原画(左)と、ポケモンとのコラボレーションで制作された『ポケモンのしま』原画など(左)
吉岡さんのおばあさんが、10歳の吉岡さんのために手作りしてくれたというポケモンのぬいぐるみたち
左は、NHK-Eテレで現在放送中の「おかあさんといっしょ」のキャラクター「しりたガエルのけけちゃま」の関連展示
小学館による体験型ムック本「ぺぱぷんたす」の関連展示(左)と、地元大分を走るローカル線・九大本線をひと夏運行したラッピングトレイン「ブンゴ・アート・トレジャー
ブンゴヤージュ号」の関連展示(右)
図書館などでおなじみの「こどもの読書週間」ポスター原画(右)、本展の協賛団体でもあるコープおおいたが発行する『コープ商品の詩』の関連展示(中央)、同じく本展の協賛企業でもあるタバタホールディングスが発行する「TABATA手帳」原画など(右)。下の画像はタバタホールディングス関連の中のオブジェ作品。
展示室1を出ると、展示は出口の左脇にある特別展示室の第二章「オボロ屋敷」へ続きます。照明を落とした小さな展示室の床には、計3台のヴィデオプロジェクターが置かれ、それぞれからは、影絵を思わせるモノクロームによるアニメーションが、あたかも3種の異なる画像が追いかけ合うように時間をずらし、音楽を伴って3面の壁に投影されています。特に子どもたちにとっては、自分のからだに映像が投影されたり、自分の影がアニメーションと重なることで、作品の中に自分が入り込んだような、体感的な空間がつくり出されています。ここでは《詩の箱》は、ブラックライトに照らされて美しく輝いています。
第二章「オボロ屋敷」の展示
ここまで2階展示室の3つの章を歩いてきました。展示はいよいよ、今回の展覧会の核心部分ともいえる、3階展示室へと移っていきます。3階へ昇る階段途中の踊り場には、序章の一部である《かんがえるこども-Ⅰ》が出迎えてくれます。いざ、館内最大の空間である展示室2へ。
《かんがえるこども-Ⅰ》
3階に向かう階段の脇には隠れキャラクター「カサコソ」の姿も。階段の踊り場に《かんがえるこども-Ⅰ》を見上げる。
展示室2の左側は、立体作品群による第三章「アノコロの国」、右側は絵本原画群による第五章「玉虫色の窓」という構成です。
まずは左側の第三章へ。ここでは、2023年の近作で、合わせると幅8メートル、高さ4メートにおよぶ、男女一対の巨大造形《明日の門》が出迎えてくれます。《明日の門》の向こう側には、大小さまざまな立体先品群が、まばゆい光をまとうようにたたずんでいます。
《明日の門》の男の子
《明日の門》の女の子
《明日の門》を天井間際から撮影した画像
《明日の門》をくぐって奥へと進んでみましょう。「のうみそ」という電飾がひときわ目を引く初期作品《脳想電撃招馬》が中央で存在感を発し、通路をそれぞれはさんだ右側には、4メートル近くにおよぶ帆船を模した作品《ボンボとヤージュの帆船-Ⅰ》が、左側には、3年前にブラチスラバ世界絵本原画展にこの章のタイトルにもなった《アノコロの国》の中核として展示され、当時注目を集めた《チョコレート宮殿》がそびえ立っています。
第三章「アノコロの国」に展示された立体作品群は、ザ・キャビンカンパニー結成最初期の2010年から、近作の《明日の門》にいたるまで、約15年の間に制作された大小さまざまな立体作品で構成されている、この展覧会の核心の一つともいえるものです。さらにそれぞれの足下には、これらの立体作品群をつなぐものとして構想され、新聞紙をねじってつくったもの約1万本による《黄金草原》が広がっています。
ザ・キャビンカンパニーによる立体作品の多くは、ダンボールや木材など、日常で身近にある材料でできています。彩色も絵具でなくペンキであること多く、「制作は画材屋ではなくホームセンターに通うところから始まる」と語る作家のことばは、作品制作の根本を言い表しているように思われます。
《アノコロの国》の《チョコレート宮殿》
《チョコレート宮殿》の周囲を囲んで「城下町」を形成する建物型の立体の数々
《白鬼》とそのまわりには「城下町」の作品群が広がる
《絵本の仲間たち》の一部である「三日月」
絵本『しんごうきピコリ』のキャラクターによる立体作品が奥に見える
入口の方向を振り返る
玉を入れて音が楽しめる遊具として《明日の門》の手前に置かれ、特に子どもたちが時間を忘れて楽しんでいる《樅の木 栗の木》
第三章「アノコロの国」の一番奥には、2021年の近作で4メートルにもおよぶ《キメラブネ》が、異彩と存在感を放って鎮座しています。これはトラ、ゾウ、クジャクといいう、16世紀の南蛮貿易で輸入され、大分の町を賑わせていたかもしれない動物を合体させた作品で、その異形は、《明日の門》と並んで強烈な存在感を放っています。
《キメラブネ》を正面から
《キメラブネ》を裏から。《黄金草原》が足下に広がる。
第三章「アノコロの国」の展示。この圧倒的なボリュームの立体作品群を大分から運ぶために、4トントラック6台を要する、「大輸送作戦」と名付けてもよい作業が、輸送・展示を担う日本図書輸送株式会社によって行われました。参考に大分のアトリエから運び出す直前、体育館に集められた、梱包された状態の作品群をご覧下さい。
アトリエ(体育館)での作品が梱包された様子
第三章の最後に位置して、次に続く第五章「玉虫色の窓」のパートとをつなぐものが、2023年に制作され、実際に人が入って通ることができるテントの作品《銀粉のテント》です。中に入ると内側は真っ黒染められていますが、これは全て黒のマーカーで塗りつぶして描いたそうです、そして、テントに入って上を見上げると、多数開けられた小さな穴から美しく光が降り注ぎ、その光はプラネタリウムの天空のようでもあります。
《銀粉のテント》外観
《銀粉のテント》の中から上を見上げる
《銀粉のテント》から第三章「アノコロの国」を振り返る
では、この先の第五章「玉虫色の窓」へ進んでみましょう。
テントから先に進むと、そこは第五章「玉虫色の窓」。立体作品群とともに展覧会の核心部分となっている、20メートルにおよぶ壁一面の絵本原画群が現れます。展示された枚数は約300点。全てが板に描かれたという色鮮やかな原画は、一枚一枚が額を模した木枠が付けられ、その枠の色彩も相まって、空間全体が壮大な壁画のようにも見えます。実はこの原画、全部で436点を大分から運んできたのですが、その内120点あまりは展示にあえて使わず、今回は収蔵庫にしまわれています。
さらに空間の中央には、ザ・キャビンカンパニーが今までに出版してきた40冊あまりの絵本の全てが、出版順に立ててディスプレイされています。その奥には、各絵本をもう一対セット揃え、自由に取り出して読める回転式の《宝箱本棚》が設置されています。これらの絵本は、青の背景に吼える虎の絵を描いた、180センチ幅の円卓《咆哮の机》のコーナーで、アトリエの廃校の小学校で使われていた小さな椅子に座って読むことができます。
そして、第五章「玉虫色の窓」を構成するもう一つの要素が、「絵本ができるまで」です。これは主に、最新の絵本である『ミライチョコレート』の制作過程を、原画のほかラフスケッチやキャラクターデザイン、使用した画材、モデルに使った実際のカカオの実などで構成したコーナーです。
約300点の絵本原画による壮大な展示
『だいおういかのいかたろう』から始まる40冊あまりの絵本が出版順に立ててディスプレイがされている
絵本一式を自由に取り出して読める《宝箱本棚》
《咆哮の机》とかつて小学校で子どもたちに使われていた椅子
「絵本ができるまで」のコーナー
「絵本ができるまで」に付随する、『ゆうやけにとけていく』(小学館)、『がっこうに まにあわない』(あかね書房)など近刊の原画展示
「童堂賛歌」を歩く小さな旅は終盤の第六章「雲とモヌケ」へ。展示室2と展示室3をつなぐ3階ロビーでは、ザ・キャビンカンパニーが活動の初期から制作場所ととしてきた、大分県由布市の山里にある廃校の小学校「旧・石城西部小学校」のアトリエを再現する展示が行われています。壁面のディスプレイをよく見ると、墨で手書きされた校歌、人体や骨格の模型、定規類、量り、ワニの剥製、記念写真や木のレリーフ、埴輪のレプリカ、九州の地図、黒板など、かつては実際に小学校で使われていたさまざまなものたちがディスプレイされ、それらの隙間を埋めて立体などの作品が設置されて一つにインスタレーションになっていることがわかります。さらに、この壁の中央では、アトリエ内部の様子や、校舎の周囲に広がる村の景色などを映し出す映像が流され、周囲の壁には、赤い屋根の校舎を描いた絵画も展示されています。
第六章「雲とモヌケ」の展示
いよいよ最後の展示室3の第七章「童堂賛歌」にやってきました。ここでは、この展覧会のために新たに制作され、展覧会タイトルにもなっている、14メートルにおよぶ壁画《童堂賛歌》を中心に空間が構成されています。まずは《童堂賛歌》をみてみましょう。九州の山々を思わせる峰の連なりと岩場などによる景観の中に子どもたちが描かれ、そこからは、あふれる水の滴りを空想させるような、色鮮やかな無数の絵具の糸が垂直に垂れ下がり、鮮明な溜まりを床のところどころにつくっています。これは、アトリエである学校体館での制作時、実際に床面落ちて溜まった絵具を引き剥がして持ってきたものです。
第七章「童堂賛歌」の展示
《童堂賛歌》全景
《童堂賛歌》の各場面
《童堂賛歌》の絵具の溜まり
今回の展覧会では、七つの章を、それぞれに付された詩のことばと、各章の特徴を表す絵とともにめぐって歩く道案内として「詩絵本(ウタエホン)」がつくられ、作品集とセットで制作・販売されていますが、展示会場での販売限定の特典として、この本の奥付部分に「絵の具溜まりの欠片」を貼るブランクがあり、作品の一部を持ち帰ることができるという趣向になっています。そして第七章では、「詩絵本」のために描かれた7点の原画と、鉛筆による最初の展示構想のスケッチ(巡回第一館の平塚市美術館のためのもの)も展示されています。
「詩絵本(ウタエホン)』原画
最初の展示構想スケッチ
〒326-0814
栃木県足利市通2-14-7
TEL 0284-43-3131